CBD/ABSセミナー
「遺伝資源と利益配分を巡る様々な国際条約」


日 時 :2021年3月16日(火)14:30~17:00
場 所 :ZOOMウェビナーによるリアルタイム配信


プログラム

14:30~15:05
「生物多様性条約の第3 の目的」
井上歩((一財)バイオインダストリー協会生物資源総合研究所長)
15:05~15:40
「食料及び農業のための植物遺伝資源に関する国際条約(ITPGRFA)」
増井国光氏(農林水産省大臣官房参事官)
15:40~16:15
「国家管轄権外区域の海洋生物多様性の保全および持続可能な利用に関する国連海洋法条約の下の法的拘束力のある国際文書」
吉本徹也氏(外務省海洋法室条約交渉官)
16:15~16:50
「世界保健機関(WHO)「パンデミックインフルエンザ事前対策枠組」
植村展生氏(日本ワクチン産業協会常務理事)
16:50~17:00
総合質疑応答
17:00
閉会

遺伝資源については、地理的範囲(国家管轄権内外)や、資源の種類によって異なる枠組、異なる仕組みによって様々な利益配分構造が存在します。
歴史的にみて、まず、生物多様性条約(CBD)が1992年に採択され、国家管轄権内の遺伝資源について主権的権利を有することを確認し、取得に関する手続きはその国の国内法令に従うことと規定しました。それに伴い植物遺伝資源については、2001年に「植物遺伝資源に関する国際申合わせ」(IU)が「食料及び農業のための植物遺伝資源国際条約」(ITPGR)に見直され、現在は付属書1掲載の品目を中心とするマルチラテラルシステムに各国で登録された対象品を標準素材移転契約(Standard Material Transfer Agreement: SMTA)で取り扱うということに変更された。さらに、病原体の分野では、インドネシアでの鳥インフルエンザに端を発して、2011年にWHOの下に「パンデミックインフルエンザ事前対策枠組」(PIPF)が設置された。一方、各国の主権や主権的権利が及ばない公海や深海底については、2004年から国連海洋法条約(UNCLOS)の下で議論が続いており、現在は「国家管轄権外の海洋生物多様性の保全、持続可能な利用に関するUNCLOSの下の法的拘束力を有する国際文書に関する政府間会合」において実施協定文書の策定が検討されています。
現在、これらのフォーラムでは、それぞれ対象や制度は異なるものの、利益配分やデジタル配列情報(DSI)の扱いなど、共通するような課題に関する交渉が行われています。
今回のセミナーでは、各フォーラムの基本的な枠組みの解説と、現状について各専門家から講演をいただきました。皆様の理解を深める一助になれば幸いです。

内容:

井上 歩((一財)バイオインダストリー協会 生物資源総合研究所長)

【CBDの基本】
1992年の国連環境会議にて、気候変動と同時に生物多様性条約(Convention on Biological Diversity、以下CBDと略す)は採択された。現在、CBDの下には名古屋議定書とカルタヘナ議定書がある。
CBDが議論されるに至った背景には環境問題、南北格差問題、天然資源ナショナリズム(石油、鉱物)がある。1970年代にワシントン条約やラムサール条約などのいくつかの個別資源に対する環境条約が出来、もっと広範な環境条約が必要ということから1990年代に生物多様性に関する政府間会合が設置され条約のテキスト交渉を開始した。
当時から先進国と開発途上国の意見には隔たりがあっが、交渉の結果、知的財産の有無に拘わらず技術移転をするべきという開発途上国に対し、条約の環境保全の資金を受益者が負担するという意味合いで第3の目的に「利益配分」を盛りこむ事で双方が妥協。CBDとして採択されることとなった。採択時の日米欧の対応は、日本は知的財産を損なわない事を条件に技術移転などに同意、米国は私企業への条約の介入を嫌に反対し批准せず、欧州は開発途上国への融和的というものであった。この3つめの目的を入れたが故に環境条約から経済的側面を持つ条約へと変遷した。
その後、CBDは1993年12月29日に発効し、現在は195カ国+EUが加盟する加盟国数の多い条約となっている。条約の目的は、遺伝資源の保全、持続可能な利用、そして利益配分である。CBDは第15条により各国の遺伝資源に関する主権的権利を再確認し、提供国の法令に従って政府当局の事前の同意Prior Informed Consent(以下、PIC。いわゆる許可)の取得することと、当事者間でのMutually Agreed Terms(以下、mat。いわゆる契約)の締結という2大原則を基に各国で運用されている。
CBDに頻出する特異な単語としては、遺伝資源と利益配分があるが、遺伝資源とはCBDの第2条に定義があり「遺伝資源とは、遺伝の機能的な単位を含む、植物、動物、微生物、その他に由来する遺伝素材」と規定されており、利益配分とは、金銭的なものと非金銭的なものがある。

【名古屋議定書】
CBDが1993年に発効した後、1998年の第4回締約国会議(COP)でABSが正式議題となり、COP5で任意のガイドラインの策定が決定されてCOP6で採択されたものの、利益配分を国際義務としたい途上国側はそれを不服とし、半年後のヨハネスブルグでの国際環境会議で法的拘束力を持つ国際的制度をCOPで話合う事が決定された。途上国側は利益配分が無いのは不正が行われている事が原因であって、より広い範囲を対象とした利益配分を国際義務にすべしと主張し、先進国側はその原因は国内法令の策定が十分でないであると反論し、交渉には8年を費やした。その結果として、2010年に名古屋で開催されたCOP10で「名古屋議定書」として採択され、2014年に発効した。名古屋議定書の仕組みは、CBDの2大原則はそのままに、提供国にはアクセス手続きの法令策定義務を、利用国には利用者の提供国国内での適法取得と利用されていることの確認する義務措置の設置を求めたことである。

【CBDと名古屋議定書の特徴】
対象物は天然資源に対する主権的権利が及ぶ地理的範囲に存在する遺伝資源(と遺伝資源に関連する伝統的知識があるが本日は省略)、地理的範囲は国家管轄権の及ぶ区域(海洋は排他的経済水域(EEZ))まで。仕組みとしては2者間であり、アクセスは各国の国内法令を遵守して行い、利益配分は契約を通じて行う、ということである。
しかし特徴とはいいつつも、これらの手続き(アクセス手続きの遵守や物が移転する際の契約)は現代社会において何ら特別な事ではなく、CBDの下で新たに作られた仕組みでもない。相手国の中で相手国の法令に従うことや、物を貰う時に契約を結ぶということは普通のことである。それ故、CBD採択当初は利用者にとって新たな負担にならないということで日本は批准した。ところが、実際は利用者にとって大きな負担を掛ける仕組みになってしまった。なぜなら、まだ提供国法令を策定している国がまだまだ少ない事、国内法令が各国で違い、その中にはCBDを超える対象を持つ国もあるからである。条約は想定した通りにはならないということを交渉の念頭においておかなければならない。

【デジタル配列情報(DSI)】
現在は議論が遺伝資源に留まらず、無体物であるデジタル配列情報についての利益配分が提起されている。この課題は2014年のCOP10から組換え体の安全性の文脈で合成生物学の議論として登場した。COP12 付近で合成によって遺伝資源に代わる産物が出来るという事が問題視され、利益配分に議論が移ってきた。COP13 で正式な議題として取り上げられ、COP14 で今に至るプロセスが決定された。
議論は現在も進んでいるが、DSIはその用語自体でさえ代用であり、定義はない。この議題にも先進国と開発途上国側の意見の隔たりがあり、DSIの範囲は、先進国側が主張する一番狭いのは塩基配列データから、一番広いのは周辺情報(鳴き声や生態)までを含むものがある。普通の議論であれば主題が何かを飛ばして進めることは出来ないが、これも将来議論の中で決まってくるのかもしれない。
利益配分の点については、開発途上国は、DSIは遺伝資源の利用の結果生じたものなので、今データベースで公表されているものも含め全ての遺伝資源配列の利用は利益配分すべしという考えであり、先進国側は遺伝資源取得時のmatによって現在でも取り扱えるとして、意見が分かれている。現在の配列情報データベースの基盤となっているINSDC(国際塩基配列データベース連携)には「無料かつ制限なしのデータへのアクセス」がポリシーとして打ち出されており、CBDの交渉の方向性とは合致していない。
現在のプロセスは、COP14の決定に従ったものであり、見解の提出と調査研究の委託、それらに基づいたAHTEGの開催、ポスト2020枠組みの第3回ワーキンググループで勧告案を策定するということになっている。このポスト2020というのは、愛知目標の後継となる国際生物多様性枠組みの事であり、COP14で開発途上国の主張の結果、DSIと関連付けられてしまっている。
現在、公式な国際会議自体はCOVID-19の影響で延期され続けているが、議論が止まっている訳ではなく非公式ではあるがCBD事務局、その他団体によってDSIに関するウェビナーを開催されている。それらの中で、欧州はCBD採択時の最終段階のように、再び開発途上国側に譲歩する姿勢を鮮明にしている。

【質問】

  • プレゼン中の「非常に負担の大きな仕組み」というのは一般論か?
    →これの根拠となるようなデータはないので一般論。しかし、今年は事業の中でアンケート調査を実施したので、今後解析する。
  • DSI利用者の意見及び、EUが途上国よりということで、COP15でどうなるか?
    →EUは自らが重視しているポスト2020枠組みとDSIとパッケージで取り扱う雰囲気であり、これは途上国側の意向と合致する。CBDの際も同様だったが、先進国が何かを守ろうとすると、何かを譲歩しなければならないという構図がある。明確にCOP15 の結果を予想することは出来ないが、非常にCBD採択時に近い状況になっていることは言える。
増井 国光 氏(農林水産省 大臣官房 参事官)

名古屋議定書の第4条で、ABSに関する専門的な文書として位置づけられるITPGRFAは、2001年に採択され、2004年に発効している。CBDとの違いは、対象が食料農業植物遺伝資源であること、多国間の仕組みを持つことである。この多国間の仕組み(Multilateral system。以下、MLS)は、条約の付属書1に記載の、食料安全保障の観点で重要であって締約国の既に公共のものとなっている35作物、81種の飼料作物の植物をSMTAで扱うことで一つ一つ交渉する手間を省いている(これ以外は名古屋議定書の対応が必要という整理)。
各国がMLSに登録を行った遺伝資源を、開発者が新品種の育種に利用して新品種を独占した場合、SMTAに従って売上の一部を多国間ファンドに還元し、そのファンドから開発途上国の支援に資するというものである。しかし、新品種をさらなる品種改良に自由に使える事にした場合には利益配分義務なないので、多国間利益配分ファンドには各国や企業からの拠出金のみが入っている状態が続いている。思ったような支援が得られない開発途上国、SMTAで扱えるMLSに魅力的な資源が入っていないとする先進国という双方の不満を改善するため、2013年からMLSを改善する交渉が続けられた。しかし最近ではDSIのも利益配分対象に含めるべしという主張が開発途上国からなされ、SMTAの改定案(商業化に対する利益配分義務や、サブスクリプションの案)とバータでのMLSを全植物に広げる案が出ていたが、結果的に、DSIに関する合意ができず2019年の第8回理事会にて議論は決裂してしまった。2021年12月にインドで開催の第9回理事会では、いままでの問題を全てテーブルの上に乗せた上で再度交渉が開始される予定である。

【質問】

  • クロップリストに掲載のある作物を研究開発目的はSMTAの締結をするのか?
    →育種目的(産業状の目的が含まれる場合)ではない場合、12条3項からMLSの対象ではない。すなわちITPGRFAの対象にならない。従って名古屋議定書の対象である場合があるので、提供国の国内法令に注意
  • クロップリスト品以外をMLSに入れることは可能か?
    →別の国の事例としては存在していることは承知しているが、我が国では入れていない。
  • MLSの利用状況(具体的に何件)はどこで確認しているのか?
    →情報交換をするための制度が構築されているので、その制度構築の範囲内は入手できるが、具体的な利用状況については条約のHPを見てもフォローできていない。
  • ジーンバンクからの分譲も使用目的によってMLSや分譲契約書を使い分けているのか?
    →基本ITPGRFA上で付属書1の対象品目と条約に記載の目的についてはSMTAで使用している。条約に基づかない場合にはMTAを使用している。

講演3.「国家管轄権外区域の海洋生物多様性の保全および持続可能な利用に関する国連海洋法条約の下の法的拘束力のある国際文書」

吉本 徹也 氏(外務省 国際法局海洋法室 条約交渉官)

【基本の説明】
現在、国家管轄権外区域(公海と深海底)に関する生物多様性の保全と持続可能な利用に関する、国連海洋法条約の実施協定の交渉が行われている。これはBBNJ新協定と略省されるが、BBNJとはBiodiversity beyond national jurisdictionの略であり、国家管轄権外区域の生物多様性の意味である。BBNJについては15年に亘って議論が続いており、主要な内容は、海洋遺伝資源(MGR)、区域方管理ツール、評価ツール、能力構築と海洋技術の移転であり、もっとも議論が分かれているのがMGRと利益配分の問題である。
ABNJ(Area beyond national jurisdiction:国家管轄権外区域)の海洋遺伝資源(Marine Genetic Resources:MGR)については明示的な規定がないので、意見が2つに分かれている。1つは「取得の自由」であり、もう一つは「人類共通(Common Heritage of Mankind:CHM)の財産」であって勝手に取得してはならず、その利益は配分しなければならない、とする意見である。CHMの概念は、1982年に合意された深海底の鉱物資源の規定に由来する。深海底の鉱物資源はCHMであり探査をする場合は、国際海底機構の許可が必要であり、開発する場合は同機構にロイヤリティを支払い、その基金から開発途上国に利益が配分される仕組みになっている。この仕組みができた理由は、1960~80年代に掛けて深海底にマンガン団塊が発見され、それを開発能力のある一部の先進国のみが利益を得ると独り占め状態なると開発途上国が反対した事による。実際には鉱物資源の採掘は実施されておらず、まだ利益配分の実施方法詳細もまだ議論中であり、この仕組みが動いたことはない。先進国はCHMの規定は鉱物資源のみであり、海洋遺伝資源には及んでいないという考えを持っている。

【新協定の交渉の進捗】
新協定の交渉(政府間会合)は全4回の予定で始まり、2018年9月に第1回、2019年には第2回と第3回が開催され、第4回は2020年3月の予定であったが、新型コロナウィルスの影響により延期が続き、現在は2021年8月にNYの国連本部で開催の予定である。次が最後の政府間会合だが、現実的には第4回で議論が合意できる程議論が煮詰まっているとは言いがたい。いつまでに合意出来るかではなく、交渉に参加している多くの国が批准出来るような内容にすることがより重要であるので、交渉の継続の可能性はある。会期間が伸びたこともあり、議長提案によって昨年9月から理解を深めるためのオンラインディスカッションフォーラムが開催されている。具体的にはファシリテータが質問を立てて、各国やNGOが意見を書き込むというもので、毎月開催されている。これ以外にもNGO主催のウェビナーも開催されている。これらは交渉ではないため、サブ面での進捗はない。

【最近の議論の紹介】
MGRの利益配分は、そもそもの根源はMGRがCHMであるかどうかと言う点にあるが、この点はこれまでに相当の時間を掛けたが進展がみられないため、これを避けて現実的具体的な仕組みを議論しながら双方の妥協点を探る方が生産的であろうという意見があった。このため昨年のオンラインディスカッションでは、①配分する利益とは何なのか、②トリガーはなにか、③どの段階で何を利益配分するのか、を議論することとなった。
①配分する利益は金銭か非金銭か:途上国は両方、特に金銭は不可欠という答えである。非金銭的配分とは、航海情報の提供、海洋の調査から得た知識の共有、海洋技術の移転等がある。この理由の一つとして開発途上国は米国・ドイツ・日本などがMGRを使って既に莫大な利益を上げているという情報が流布されていた為である。実際はABNJから得られたMGRで開発し成功した事例は極めて稀であるので、その点を丁寧に説明し続け、現在ではその考えも理解されつつある。
金銭的配分は商業的利益成功した時のみで良いという提案もある。日本を始めとした先進国は、MGRはCHMでないので金銭的利益配分は否定し、非金銭的利益配分(技術移転や能力構築等)のみ、という主張をしている。途上国は金銭の流れを念頭において把握したがっており、現在の議長テキストの中にもその主張に沿った、段階におけるマイルストーンと、商業時の金銭的利益配分というオプションがある。
今回は説明のために、先進国と途上国という単純な区分けで話をするが、実際は先進国の中にも違う意見があったりするので、もっと複雑である。
②利益配分のトリガー(何の行為をきっかけに):開発途上国は、i)国家管轄権外のin situ(生息域内)でのMGRの取得時、ⅱ)国家管轄権内のex situ(生息域外)や in silico(データ), ⅲ)utilization(利用)を挙げている。これに対し,先進国は色々な意見はあるものの、概ねi)のみという意見であり、ⅱ)、ⅲ)は、現状の科学コミュニティの慣行に従ってサンプル関連情報の任意での提供のままにしておきたいという意向がある。iii)は先進国は支持していない。米国はin situにあるものであって締約国政府の資金を使って行うコレクションの場合のみ利益配分のトリガーになり得るとの意見を持っている。
③どの段階で何を利益配分するのか:違いがあれど、途上国の全てに共通している意見は「全ての段階で利益配分が必要」としている点である。すなわち、in situでのアクセスの段階での航海情報の共有、開発途上国の参加者の受け入れ、知識の共有、ex situやin silicoの段階においてはサンプル、情報への自由なアクセスの確保、utilizationのステップごとにマイルストーンの支払い、商業時の支払い。それに対して先進国側は、金銭的利益は否定し、MGRへのアクセスの利益配分としてではなく、もともとあった国連海洋法条約の244条「情報及び知識の公表及び頒布」、266条「海洋技術の発展及び移転の促進」規定の一般的義務の範囲としており、新協定は、これらを運用できるようにするためのものである分には受け入れ可能であると位置づけている。また、この新協定は「実施協定」であるので、条約に規定のない新たな義務を策定することは難しいのではないかとも主張している。
また、条約には能力構築や技術移転が義務規定ではなく「強化することを促進する」など曖昧な書きぶりになっており、これが抜け穴となっているため、もっと具体的な記述をすべしという途上国の主張に対しては、先進国は、締約国の個別のニーズに応じていく事の方が能力構築や技術移転が効果的であるため新協定で一律な義務として記載するのではなく、2国間ベースで実施する方が良いという意見を出している。

【途上国提案の一例(ラテンアメリカ同志国(CLAM)提案)】
提案自体が詳細まで煮詰まっている訳ではなく、また有力提案という訳ではないという前提で説明する。骨格としては、クリアリングを通じたワンストップのメカニズムで、申請に対しての固有番号の発行により、トレーサビリティを高めたものと説明されている。
①<MGRにアクセスする事前、事後通知>アクセス者は、クリアリングハウスに対し、オンラインで事前(いつ、誰が、どこで、何を)と事後の航海情報(更に正確な、いつ、どこで、何を、どう使うのか)の通報。
事前通報について、我が国は、事前通報は航海予定が天候等の事情でよく変更されるという実態から事後通報のみを主張をしているが少数派である。
事後通報に関しては、多くの代表団が必要と考えているようだが、タイミングは公開終了後2,3か月や更に1年後にさらなる情報の追加、利用時まで等、様々なものがある。
②<アクセス事後通報>ex situやin silicoで、いつ、どこから、誰が、何のMGRを、どういう目的でアクセスするかの通知を利用時までにオンラインで行う。
③<利用目的別利益配分>非商業目的(R&D)の場合は非金銭的利益配分、価値開発(exploitation)場合は金銭的利益配分(支払いメカニズムはCOPで決定)を実施する。課金は商業的成果が得られた場合のみなので科学の発展を阻害しないと説明。
これに対して、そもそも利益配分する法的根拠がない、非商業目的と商業目的をどう区別するのか、金銭的利益配分メカニズムが未定など様々な課題が見受けられる。

【質問】

  • 利益配分を受ける対象は誰か?近隣国か海を持たない全く関係のない国にも配分するのか?利益配分メカニズムのイメージがつかめない。
    →演者も同感。CHMと決定されている鉱物の利益配分についても40年経った今でもまだ議論中である。非常に難しい問題。
  • 他のフォーラムでDSIの利益配分が決定された場合、BBNJ新協定の交渉への影響はあるか?
    →現在の交渉テキストはCBDから引用されたものが多く、必ず影響が出る。しかし国家管轄権区域外にあるものを、国家管轄権内(CBD)と同じように扱わなければならないということもなく、また、現在、先進国はDSIを協定の対象に含めないということで一致している。
  • 魚の扱いは?
    →食用(コモディティ)の魚をBBNJ新協定から外す文言に苦慮している。「一定量以下」、「MGRの価値がない」などの提案があるが、それでは不十分であるのは明確。
  • 中国のポジションは?
    →中国代表団との会話では違和感がないので、先進国と同じであり、協調していける相手であると感じている。
  • CLAMの提案が採用された場合、企業はもうMGRは手を付けないであろう。一方研究への影響はどうか?
    →実際、新協定交渉が始まってから、もうABNJには行っていないという方がいる。既に負の影響が出ている。
  • CBDに加盟していないアメリカが加盟しているという点での影響を教えてほしい。
    →日本とアメリカの主張の差異はほとんどない。重要なパートナーである。
植村 展生 氏(日本ワクチン産業協会 常務理事)

2006年から、鳥インフルエンザ→豚インフル→ヒトへの感染が散見されるようになっていたこと、名古屋議定書の交渉中であったことを背景とし、開発途上国からサンプルを得て先進国で開発されたワクチンが、サンプルが採取された開発途上国に回ってこないという不満の表明があり、2011年PIPF策定が総会で合意された。PIPFの内容は、インフルエンザの早期発見の仕組み(GISRS:Global Influenza surveillance and response system)を主要国で指定し整えることと、サンプルの標準移転契約(SMTA1,SMTA2)での配布の仕組みである(ただし、政府指定の機関の中での非商業利用は対象外)。PIPFの構造としては、パンデミックインフルエンザ候補の株が採取されて分与されるが、SMTA2を締結した年間パートナーの分担金、ワクチンの寄付、実際にパンデミックが発生してそのサンプルから開発されたワクチンが使用された場合にはワクチンの収益の8%相当の寄付や2%の安く提供することなど(合計10%)という構造。現在は、まだこの枠組みに従ったパンデミックが起きたことはないが、GISRSの50%の運営費を企業側が担っている状態。
一方で季節性インフルエンザは、(名古屋議定書のスキームにおいて)サンプルの提供国から許可を得て株を入手するということになる。フランス、スペインからの入手の事例では、許可と契約手続きに時間が掛かり、入手できない、またはインフルエンザが流行する時期までに製造入手に間に合わないという事態になり、2019~2020年のワクチンはアメリカからのサンプルと昔の株で用意されることとなった。次の年も広東株とパリ株が検討されていたが、パリ株は間に合わず、本年も入手できる範囲の株でのワクチン製造となっている。
これらの事もあり、2018年5月のWHO総会では、季節性インフルエンザをPIPFに加えるかどうか、DSIを遺伝資源に含めるかどうかについて検討することとなった。翌年、世界製薬団体からは季節性インフルエンザへのタイムリーな対応に現状では悪影響が発生していることを指摘するとともにパンデミックでない季節性インフルエンザは毎年の事であり、PIPFでの対応はできないという意見が出た。季節性インフルエンザの問題については、名古屋議定書の対象外とする専門文書と位置付ける(名古屋議定書第4条の対象)ことや、PIPFの適用や新たな枠組みの策定など、いくつかのオプション案が出ているがまだ解決には至っていない。直近の2021年の5月の総会のためにWEB上で開催された執行理事会でも病原体へのアクセスと分与、利益配分、公衆衛生について議題が取り上げられ各国が意見を述べると共に、PIPで動いているCOVID-19の状況と、昨年11月に事務局長が提唱したスイスにおけるバイオハブ構想、CBD/COP15に向けたDSIの状況の共有と意見交換が行われた。
COVID-19でCOVAXファシリティなどが動き出しており、これらの経験を通じて世界的な公衆衛生の議論が今後進展していくものと思われる。

【質問】

  • PIPFの枠組みの利益配分はABSに酷似していることについてのコメント
    →まさにCBDの名古屋議定書に至る検討中の段階で、インフルエンザについて出てきた問題なので、丸ごと影響を受けている。
  • RNAワクチンなどDSIからのワクチン製造に関してどういう利益配分が想定されるか?またスイスの試料レポジトリの枠組みについて教えてほしい。
    →データベースはいろいろあるようで詳細は分からない。またスイスの試料レポジトリはバイオハブ構想の事だが、まだ詳細はWHO事務局長からは何も提示されていないのでお答えできない。
  • パンデミックインフルエンザ以外の薬剤耐性菌株や変異株も発生源の国と利益配分するということになるのか?
    →科学者ではどこで病原菌が発生し、どこで変異したのかなど、その国を特定すること自体に議論が出るだろう。
    (事務局補足)これは名古屋議定書の対応(株が取得された国の国内法令に従う)になろうかと思う。
    (演者の再補足)しかしながら、international health regulation(世界保健規則)というものがあり、名古屋議定書の第4条にはこの文書が想定されていたと考えられるので、まさにこの質問はその問題を想起させる。
  • パンデミックインフルエンザはこれから評価がされるということであろうと思うが、先ほどのPIPFの年間パートナーシップの支払いというのは国と企業のどちらが支払っているのか?
    →企業である。パンデミックのみならず季節性インフルエンザワクチンの開発企業も支払っており、この収入は常に一定額に達しておりWHOの活動に寄与している。COVID-19がPIPFで提供国にワクチン提供などができるかどうかがこれからの検証であり、COVAXなどの運用がうまくいけば、他の枠組みの可能性が出てくる。COVID-19の検証は重要。
  • PIPFが拡大されれば、PIC、mat、クリアリングハウスでの確認などが必要なくなるか?変異株の扱いはどうなるか?
    →名古屋議定書の第4条に規定される名古屋議定書の対象外となる国際文書になるかが肝であるが、まだ結論が出ていない。
    (事務局補足)名古屋議定書第4条で言及される国際文書が何かについては今後の議題になっている。


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